嶽山城址(龍泉寺城跡)

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所在地
大字龍泉880-1 かんぽの宿テニスコート奥
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開館時間
休館日

この場所の詳しい説明

嶽山城址は南北朝時代、元弘2(1332)年、楠木正成によって築かれた城です。
「太平記」34巻(龍泉寺軍の事)によると、楠木正儀、和田正武が大和、河内の南朝の兵1000人余りを山の頂上の窪地に籠らせて守っていたが、寄手が攻めてこないため100人ほどを残し、大半の兵を他の戦場に移した。この時、木の梢などに旗を結わせ大勢が籠っているように見せかけたため、廿山にいた奇手の陣では四方手を立てたような山に大軍が籠っていると思い、鬼神でも攻め落とすことはできないと徒らに150日余りを過ごした。ある日、才覚ある老武者が、天に飛ぶ鳶や林に帰る烏が驚かないのは、旗ばかり立て大勢籠っているように見せかけているだけだと見破ったため、正平15(1360)年細川清氏、赤松範実たちによって攻め落とされました。
 その後、河内の守護畠山氏の内紛により、再び城として戦場となり、永正5(1508)年に落城したといわれています。

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